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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8816号 判決

原告

畑野玉次郎

右訴訟代理人

山本政敏

被告

野地直行

主文

一  原・被告間において、原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の土地の一箇月の賃料は、

1  昭和四七年四月一日以降は金八〇八〇円

2  昭和四八年一〇月一日以降は金一万一一六〇円

3  昭和五一年四月一日以降は金一万五〇〇〇円

であることをそれぞれ確認する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  原・被告間において、原告が被告に賃貸している別紙物件目録記載の土地の一箇月の賃料は、昭和四三年四月一日以降は金四〇四〇円、昭和四七年四月一日以降は金八〇八〇円、昭和四八年一〇月一日以降は金一万五一五〇円、昭和五一年四月一日以降は金一万六六六〇円であることをそれぞれ確認する。

2  被告は原告に対し、金一二三万七〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年一一月三日からその支払の済むまで年五分の割合による金員を支払うべし。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第2項につき仮執行の宣言を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  原告は昭和二九年四月一日、被告に対して別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を左記の約定で賃貸した。

目的 非堅固建物所有

期間 契約の日から二〇年

賃料 一箇月七五〇円

なお右賃貸借契約が成立するに至つたのは、原告が昭和二三年一二月一日から被告に対し、本件土地及びその東側に隣接する土地合計一〇〇坪余を賃貸していたところ、昭和二九年三月になつて被告が右土地のうち本件以外の土地の借地権を訴外谷峯蔵に譲渡したいと申出たため、原告はこれを承諾して谷との間に新しく土地賃貸借契約を締結した際被告との間でも本件土地につき改めて賃貸借契約を締結したことによるものである。

2  本件土地の賃料は漸次増額されて昭和四二年四月一日以降は一箇月二五〇〇円(3.3平方メートルあたり五〇円)であつたが、昭和四三年以降、地価高騰に伴つて本件土地に対する公租公課は激増し、諸物価も急上昇したので、右賃料は不当に低額なものとなつた。

3  そこで原告は被告に対し、次の通り賃料を増額する旨の意思表示をなしたので、賃料は左記の通り増額されたが、被告はこれを争つてその支払に応じない。

(一) 昭和四三年三月下旬頃、同年四月一日以降の賃料を一箇月四〇四〇円(3.3平方メートルあたり八〇円)に増額する旨の意思表示。

(二) 昭和四七年三月三〇日、同年四月一日以降の賃料を一箇月八〇八〇円(3.3平方メートルあたり一六〇円)に増額する旨の意思表示。

(三) 昭和四八年九月二四日、同年一〇月一日以降の賃料を一箇月一万五一五〇円(3.3平方メートルあたり三〇〇円)に増額する旨の意思表示。

(四) 昭和五一年三月二三日、同年四月一日以降の賃料を一箇月一万六六六〇円(3.3平方メートルあたり三三〇円)に増額する旨の意思表示。

4  原・被告間の本件土地の賃貸借契約は昭和四九年三月末日をもつて期間満了となつて法定更新された。

ところで土地賃貸借契約が合意によつて更新される場合、東京都区内においては借地権価格の五ないし一〇パーセントの更新料が借地権の継続的保有の対価として賃借人から賃貸人に支払われており、これは今や慣習法として是認され、又は事実たる慣習として成立している。ところで契約期間が満了した場合には賃貸人に「正当事由」が存しない限り更新の効果が生じるのであるから、借地権の継続的保有の対価として賃借人は法定更新の場合でも合意更新の場合と同様に一定額の更新料を支払う義務を負う。

而して本件の場合には、更新料として本件土地の借地権価格の五パーセントである金一二三万七〇〇〇円が相当である。

5  よつて原告は被告に対し、第3項記載通りの賃料の確認並びに前項記載の更新料及びこれに対する履行期の後であることが明らかな本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年一一月三日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求の原因に対する認否

1  第1項中、被告が原告から本件土地及びその東側に隣接する土地合計一〇〇坪余を賃借していたところ、本件土地以外の土地の借地権を昭和二九年三月に訴外谷に譲渡したことは認めるが、その余は否認する。被告は本件土地を昭和二三年一二月一日から賃借しており、昭和二九年に賃貸借契約を締結し直したことはない。

2  第2項中、昭和四二年四月一日以降の本件土地の賃料が一箇月二五〇〇円であつたことは認めるが、その余は争う。

3  第3項中、原告がそのまま主張通りの増額請求をなしたことは認めるが、その余は争う。

4  第4項及び第5項は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一原・被告間において昭和二三年一二月一日、本件土地及びその東側に隣接する土地に関し原告を貸主、被告を借主とする賃貸借契約が締結されたことについては当事者間に争いがない。そこで昭和二九年四月一日に原・被告間において、右日時を基準として新たに本件土地に限つて新しい賃貸借契約を成立させるという合意があつたかどうかという点について検討する。

被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和二三年一二月一日から本件土地を被告名義で、これに隣接する土地約五〇坪を訴外甘利亀司名義でそれぞれ原告から賃借していたのであるが、昭和二九年に至つて被告は資金上の都合によつて甘利名義で賃借していた土地の借地権を訴外谷峯蔵に譲渡することにし原告に申出たところ原告はこれを承諾したこと、そこで同年四月一日に原告と訴外谷との間で右土地に関する賃貸借契約が成立したこと及びその際に原・被告間においても本件土地について新しい土地賃貸借契約証書が取交されたことを認めることができる。

そこで原・被告間において新しい契約書が取交されたという事実がどのような意味を有するかという点について検討しなければならない。この点について原告の妻である証人畑野康代は、原告・谷間の賃貸借契約成立を機会に被告から自分の方の契約書も新しくしてくれという申出があつたので原告側では好意的にこれに応じたのであると供述し、他方被告本人は、右日時に原告側で本件土地についても新しい契約書を作成したのでこれを貰つてきただけであると供述している。しかしながら、被告本人尋問の結果によつても、甲第一号証(右契約書のうち原告保管分)は被告が書き(但し期間の記載の部分は除く。この点については後に判断する。)、乙第一号証(右契約書のうち被告保管分)の被告の住所・氏名部分以外は前記康代が書いて互いに取交したこと、即ち本件土地の賃借人である被告は本件土地について新しい契約書に署名捺印して賃貸人である原告の代理人康代に差入れた事実を認めることができる。この事実からは、この時に原・被告のどちら側から新契約書作成の件を持ち出したかはともかく、右日時に原・被告間において、双方の合意に基き本件土地に関する賃貸借契約が締結し直されたものと推認せざるを得ない。特別の事情がない限り契約書が意味もなく取交される筈はないし、被告本人はその時に古い方の契約をどうするかという話もなかつたと供述するのであるが、右の新旧両契約の差異としては、結局本件土地賃貸借の契約期間の起算点を新たに昭和二九年四月一日に定めるということ以外には意味あるものがないことが明らかであるから、右の新契約締結によつて被告が不利になるわけでもないし、旧契約の処理について明確な合意が必要とされるものでもない。被告が原告に前記甲第一号証の契約書を差入れる一方、康代の記載した乙第一号証の契約書を格別の異議もなく持ち帰つたというのは、右のような事情から、被告としては新しい契約に反対する理由は全くなかつたためと考えられよう。従つて以下は右昭和二九年四月一日に成立した契約を前提にして論ずる。

二次に右賃貸借契約の期間について検討しなければならないが、順序として予め昭和二三年に締結された旧賃貸借契約の期間について判断しておくのが適当であろう。

原・被告各本人尋問の結果によれば、右の契約は原告側は訴外菊池某が、被告側は訴外甘利亀司がそれぞれ代理して締結したものであるが、双方本人とも後日、それぞれその代理人から契約期間は二〇年である旨を聞いていることが認められるから、これから右双方代理人の間で賃貸借期間を二〇年とする旨の合意が成立したことを推認することができる。また成立に争いのない乙第二号証には期間を昭和二三年一二月一日から二〇年とする旨の記載がある。もつとも右記載は、被告本人尋問の結果によれば昭和二四、五年頃、原告の妻の康代によつてなされたことが認められる(証人畑野康代は、右記載をなしたのは昭和三〇年代であり、昭和二九年の賃貸借の合意に基いて乙第一号証の契約書になすべきところ、誤つてこれになしたのであると供述する。しかしそうであるならば昭和二九年四月一日から二〇年間―この期間の点については後述する―という旨の記載がなされる筈であるから、証人畑野康代の前記供述は採用できない。)が、同じく被告本人尋問の結果によれば、被告は契約期間を二〇年と承知していて、右記載に異議はなかつたことが認められるから、結局この点からも、右契約の期間が二〇年であつたことは明らかであると言えよう。

そこで以上のことを前提として昭和二九年に締結された賃貸借契約中の期間の約定について検討する。

まず前記甲第一号証には期間を昭和四九年三月三一日とする旨の記載があるが、右甲第一号証は原告が保管していたものであり、原告側でいつでも記入できるものであつたからこれだけをもつて賃貸借期間を二〇年とする旨の合意があつたとすることはできない。前記乙第一号証及び原本の存在及び成立に争いのない乙第一七号証にはいずれも期間の記載がない(乙第一号証に該記載がないのは原告の妻康代が乙第二号証をこれと取違えたためであるという証人畑野康代の供述が採用できないことは前示の通りである。)のである。しかしながら成立にいずれも争いのない甲第四号証の一・二によれば、原告と訴外谷との間には賃貸借期間を二〇年とする旨の合意が存したことを認めることができるから、原・被告間においても同様であつたと考えることができるだけでなく、被告本人尋問の結果によつても、甲第一号証上の契約期間の記載が二〇年であつたことを了知していたことを認めることができる。被告本人は、この時には賃貸借期間の話は全くなかつたと供述するのであるが、昭和二三年時の賃貸借契約が期間を二〇年とするものであつたことは前示の通りであるから、昭和二九年に賃貸借期間について明確な合意がなかつたということは双方当事者が昭和二三年の契約の条項をそのまま踏襲するつもりであつたことを推認させるのである。従つて結局、昭和二九年の契約においても、当初から契約書の上に明確な記載がなかつたとしても、契約期間はこれを二〇年とする旨の黙示の合意があつたものと見ることができよう。

以上をまとめると、原・被告間の本件土地に関する賃貸借契約は、昭和二九年四月一日に期間をこの日から二〇年として締結されたことになるのであるから、昭和四九年三月末日にその期間が満了して法定更新されたことになる次第である。

三そこで次に原告の主張する更新料請求の当否について判断しなければならない。

原告は、東京都区内においては土地賃貸借契約の合意更新が行われる場合、借地権価格の五ないし一〇パーセントの更新料が借地権の継続的保有の対価として賃借人から賃貸人に支払われるという事実たる慣習が存在すると主張するが、本件全証拠によつてもかかる慣習の存在を認めることはできない(「事実」たる慣習である以上、その存在を主張する側においてこれを証明すべきものであることは言うまでもない。)し、もとよりかかる更新料の支払が社会の法的確信に支えられた慣習法であるなどとする理由はない。もつとも借地契約の賃貸借期間満了に際して契約当事者間の合意に基いて更新料が授受される場合(法定更新の場合即ち借地法第四条第一項本文、第六条第一項本文等の規定が適用される場合には、賃貸人に「正当ノ事由」の存しない限り、賃貸人の承諾や賃借人の出捐なくして賃貸借契約の効果を賃借人に享受させるのが借地法の趣旨であると考えられるから、当事者間で更新料が授受された場合は、これはすべて合意更新であるとすべきである。)は、賃貸借関係の存続が契約当事者間の正当な私的自治に委ねられたものであつて、ここでその効力を云々すべき限りでない。しかしながら法定更新の場合には、仮に原告主張の如き更新料授受の慣習が存在するとしても、これを認めることはできないものである。蓋し合意更新と法定更新とは借地法上も区別された存在であつて、前述の通り、借地法第四条第一項本文、第六条第一項本文等の規定が適用される場合には、賃借人に何らの金銭的負担を負わせることなくして、即ち原告が主張するような更新の対価を問題とすることなくして更新の効果を賃借人に享受させるのが右各法条の趣旨であるから、契約当事者間で合意に達することができずに法定更新したのに、更新の効果だけはあるとして更新料は請求するというのは解釈上到底許されないところであるからである。また賃貸借契約書に仮に更新料支払の条項があつても強行規定たる借地法第一一条の精神に照らしてその効力を認めるに由ないと解すべきものであるが、契約当事者間に全く何の合意もない場合にはなおさら、賃借人の不利に更新の要件を加重する法律上の「更新料請求権」(しかもその金額は、本件の場合には金一〇〇万を超えているのであつて、賃借人にとつて相当に重い負担であると言わねばならない。)を認めてこれを強制することはできない。他方法定更新の場合に賃借人に更新料支払義務があるものとすると、賃貸人としては右義務の不履行を理由として賃貸借契約を解除することができることになりかねないが、かかる事態は借地法上容認できないことが明らかであるから、法定更新の場合に更新料請求権を認めようとすると、更新の効果である賃貸借契約の存続と更新料支払義務を分離して論ずるような不自然なことにならざるを得ないのであるが、これでは借地法の定める法定更新の事実上の潜脱に等しく、かかる解釈を容れる余地はないものとしなければならない。

結局原告の更新料の請求はいずれにしても失当である。(なお、近年東京都区内において借地契約が更新される場合や裁判所の和解・調停において借地に関する紛争が解決される場合において、一定の金員が「更新料」の名の下に授受される事例が少なくないこと自体は当裁判所に顕著であるが、これらにはそれぞれ、或いは賃貸人の更新拒絶に対する異議権放棄の代償の意義を有しているとか、或いは具体的な支払賃料と当該土地について適当とされる経済的賃料の差額が歴然としている場合に賃貸人が更新料名下に右差額分を回収している等の個別具体的な状況に応じてその支払が約されているのであつて、その効力はここでは一応別箇のものとすべきである。)

四次に原告の賃料増額請求について検討する。

1  まず原告が昭和四三年三月下旬頃、同年四月一日以降の本件土地の一箇月の賃料を金四〇四〇円(3.3平方メートルあたり―以下本件ではこれを便宜「坪当月額」ということにする―金八〇円)に増額する旨の意思表示をなしたことについては当事者間に争いがない。原告は地価高騰に伴つて本件土地に対する公租公課が激増し、従来の賃料は不当に低額なものとなつたと主張するが、同年四月一日の時点において、原告は本件土地に対する公租公課としてどれほどの金員を支出してきたのか、又近傍の賃料はどれ位であつたのかという点についてこれらを認定するに足りる証拠は何ら存しないから、同年四月一日以降の坪当月額金八〇円をもつて相当であるとする根拠はなく、従つてこの点に関する原告の主張は失当である。

2  次に原告が昭和四七年三月三〇日、同年四月一日以降の本件土地の一箇月の賃料を金八〇八〇円(坪当月額にして金一六〇円)に増額する旨の意思表示をなしたことについては当事者間に争いがない。そこで按ずるに、成立に争いのない甲第五号証によれば、不動産鑑定士小林秀嘉が本件土地に隣接する訴外谷峯蔵の借地について、同年五月一日以降の坪当月額金一七五円(一平方メートルあたり五三円)が相当であるとし、また弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第一九号証によれば、不動産鑑定士田中幸次が東京都北区王子本町一丁目一三番一号の土地について、同年七月一日以降の坪当月額を金一七〇円及び金二〇〇円をもつて相当であると評定した事実が認められる。してみれば原告の請求額(坪当月額一六〇円)は右のいずれをも下回るものであつて、近傍地代との比較のみによつてもこれが高額に過ぎるとの事情は見当らず、概ね適正なものと考えることができる。従つて原告の前記増額請求は正当であつて、本件土地の賃料は昭和四七年四月一日以降、坪当月額金一六〇円、本件土地全体としては一箇月八〇八〇円に増額されたものとすべきである。

3  次に、原告が昭和四八年九月二四日、同年一〇月一日以降の本件土地の一箇月の賃料を金一万五一五〇円(坪当月額にして金三〇〇円)に増額する旨の意思表示をしたことについては当事者間に争いがない。しかしながら右の三〇〇円という金額は、前記甲第五号証が本件土地の隣接土地の適正賃料の坪当月額として示す金二二一円(一平方メートルあたり六七円)と比較しても、いかにも高すぎるという感を免れない。前記乙第一九号証中には、北区王子本町一丁目一三番一号の土地につき、賃料の坪当月額金三〇〇円を相当であるとした部分もあるが、元来借地の賃料は、立地条件はもとより、公租公課負担額、借地契約の条項、契約当事者間の関係等によつても微妙に異なり得るものであるから、右の一事だけでは右坪当月額金三〇〇円を採用することはできない。結局本件の場合には、同じく昭和四八年一〇月一日の段階において本件土地の隣接地についてその具体的状況に応じて積算賃料、比準賃料、スライド方式による賃料をそれぞれ詳細に算出し、これから坪当月額金二二一円(一平方メートルあたり六七円)を導出した前記甲第五号証の数値を採用するのがもつとも妥当であると考えられる。従つて原告の前記増額請求は、坪当月額金二二一円、本件土地全体としては一箇月一万一一六〇円の限度において正当であるから、この範囲において効力を生じており、よつて本件土地の賃料は昭和四八年一〇月一日以降は一箇月一万一一六〇円に増額されたものとすべきである。

4  次に、原告が昭和五一年三月二三日、同年四月一日以降の本件土地の一箇月の賃料を金一万六六六〇円(坪当月額にして金三三〇円)に増額する旨の意思表示をなしたことについては当事者間に争いがない。しかしながら右の金三三〇円という金額についても、これを相当と認めるに足りる資料は何ら存しない。むしろ前記甲第五号証は本件土地の隣地につき、同年一月一日段階において坪当月額金二九七円(一平方メートルあたり金九〇円)という数値を提示しており、また弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第二一号証の一ないし九によれば、同年四月の段階において、北区王子付近の借地賃料の坪当月額として金一八〇円ないし金二〇〇円程度の事例が少なくないことが認められるのであるから、原告の右増額請求もやはり高きに失する感あるを否めない。しかしながら他方、前記乙第一九号証が北区王子本町一丁目一三番一号の土地について、昭和四八年七月一日の段階において適正であるとした賃料坪当月額は金二五〇円及び金三〇〇円であること、弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第二〇号証が北区王子本町一八番六号の土地について、昭和四九年一〇月四日の段階において適正であるとしたそれは金二九〇円であること、前記乙第二一号証の一ないし九についてはその土地の範囲が北区王子本町一丁目にとどまらず豊島区を含んでかなり広範囲にわたつているだけでなく、それぞれの立地条件等が必ずしも明らかではないのにひきかえ、本件土地の立地条件は前記甲第五号証の「対象土地の現況」欄及び弁論の全趣旨によつて成立の認められる乙第二三号証の地況図から見る限り相当恵まれているものと考えられること等の諸事情を考え併せると、前記乙第二一号証の一ないし九によつて認められる各土地の賃料を直ちに本件土地の賃料の決定に斟酌することは躊躇せざるを得ない。結局、この場合においても、本項3記載と同様の判断により、前記甲第五号証が本件土地に隣接する土地について同年一月一日段階における坪当月額を金二九七円(一平方メートルあたり九〇円)としたことから同年四月一日の段階においてもこれをそのまま採用するのがもつとも適切と考えられるのである(なお同年一月一日から同年四月一日に至るまでの間に、右の額を不相当ならしめるような公租公課の変動、地価の上昇等があつたことを窺わせる証拠は存しない)。よつて原告の前記増額請求は坪当月額金二九七円までの限度において効力を有すると解するのが相当であつて、本件土地の賃料は同年四月一日以降は一箇月一万五〇〇〇円となる筋合である。

五以上の判断を総合すると、原告の本訴請求は、本件土地の賃料について昭和四七年四月一日以降は金八〇八〇円、昭和四八年一〇月一日以降は金一万一一六〇円及び昭和五一年四月一日以降は金一万五〇〇〇円であることのそれぞれ確認を求める限度において理由があるからこれを正当として認容し、その余はいずれも理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条本文の規定を各適用することとして、主文の通り判決する次第である。

(倉田卓次 井筒宏成 西野喜一)

〔物件目録〕

所在 東京都北区王子本町一丁目三番地一

地目 宅地

地積 2694.76平方メートルのうち西北隅166.97平方メートルの部分

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